簡単に話の内容を紹介しますと、アナーキーで変わり者のヘッシャーと名乗る男が、母の死から立ち直れない13歳の少年とその父や、人生を見失った女の前に突然現れ、彼らの傷ついた人生を彼なりのワイルドな行動の数々で過激に再生していく過程描いた物語です。
このヘッシャーのキャラクターが、1986年に不慮の事故により若くして亡くなった“メタリカ”のベーシスト、「クリフ・バートン」をイメージしたものだからです。
クリフも常軌を逸したベースプレイとパフォーマンスで知られていたようですが、ヘッシャーもかなりのもの…。
母親を亡くし心に傷を追ったまま、立ち直れないでいる夫と息子のいる家庭に勝手に転がり込んで、とにかくやりたい放題やります。
最初は、何でこんなことしているのとか?何で助けないんだよ?とある意味怒りにもにた感情も湧きおこってきます。
しかし、それが最後の場面で、彼の印象が180度転回します。
それは、彼の異様な行動の裏には“大きな意図”があったということが理解でき、その人間臭さにある種の温かさを感じてしまうからです。
ラストのヘッシャーのセリフ。
荒っぽいけど、ヘッシャーの人間くささが出てて素敵ですよ。
そういう意味でヘッシャーは、ポール(父親)とTJ(息子)の死とその再生をもたらす“まれびと”のような存在なんですね。
まれびと(マレビト)とは、稀人、客人とも書きますが、日本の代表的民族学者“折口信夫”の思想体系を考える上でもっとも重要な鍵概念の一つです。
それは、長い間、日本人の信仰・他界観念を探るための手がかりとして民俗学上重視されてきました。
まれびと(信仰)とは、「時を定めて他界から来訪する霊的もしくは神の本質的存在を定義する」もので、東アジアを中心に世界中に根付いている民間信仰の1つです。
遠くから訪ねる旅人を手厚くもてなし、一種の神として崇めるという考え方で、交通手段の発達していない昔は、外の情報を得るには旅人の話を聴くしかなく、異界と現界を繋ぐ者として旅人=神としたのでしょう。
この神のもたらす情報が現界を認識しなおすきっかけになり、その契機を通して、村人たちは新しい生のあり方を組みなおしていったのでしょう。
まれびとは、これまでの世界を一端くずしそれを再生するための契機とエネルギーを与える存在で、閉じた空間に生きる人々にとっては貴重な存在だったといえます。
傷心の父親と息子の再生をもたらし、新しい生のあり方を与えたのがフィッシャーだったのでしょうね。
そのような意味を考えた後に、もう一度、作品を見直すとヘッシャーの違う側面が見えてくるかもしれませんね。
「評価 ★★★★★ ★★★☆☆ 80点」
(あらすじ)★ネタばれ注意!
自動車事故で母を失い、心に大きな傷を負った13歳の少年TJ(デヴィン・ブロシュー)と、妻の死から立ち直れないその父親ポール(レイン・ウィルソン)。そして、人生を見失い、スーパーのレジ係として働く女性ニコール(ナタリー・ポートマン)。彼らの前に突然、長髪で半裸の謎の男ヘッシャー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)が現れる。TJの祖母の家に勝手に住みついたヘッシャーは、大音響でヘヴィメタルを流しながら、下品で乱暴な言動によって様々なトラブルを起こす。だが、過激でパワフルな彼のバイタリティは、暗く沈んでいた者たちを勇気づける。それによって、彼らはもう一度前を向き、新たな人生を歩み始める……。