読書「暴力団」溝口敦著、新潮新書

no-bu

2012年01月30日 22:42

思い出せば、もう10年前くらいになるか…。

私が、T大学の大学院進学を目指し、当時良くしてくれたS先生のツテでT大学のいくつかのゼミで勉強していた頃…。
当時は、親からの仕送りもなく、一人で稼いでいろいろな生活費やら書籍代やら諸々の経費を工面していた。

当然非常に貧乏なくらしを余儀なくされていたが、“それも夢のためさ”とがんばれる自分がいた。

当時、いったん地元のR大学で教育学の大学院修士課程を修了していたこともあって、年齢はすで27歳。
R大学には修士課程しかなく、研究者を目指すために、再度、修士から博士課程までを持つ大学院に入学し直す必要があったので、20代後半のチャレンジとなってしまったわけだ。

あの頃はつらかった。
単身、沖縄から上京し、昼間は勉強しながら、生活費を全て稼がなければならないという大変さ…。
なるべく自給の高いアルバイトを探そうと頑張った。

最初に見つけたアルバイト、それはレンタカー屋の夜勤(午後6時~翌朝8時)の仕事だった。
2人体制で仮眠を取り合いながら一晩を過ごす仕事だ。

東京の下町の24時間営業のレンタカー屋。
最初は、たいしたことないだろうと思っていたが、結構、客は来る。
特に終電が終わった頃になると、埼玉あたりに住んでいる会社員などがタクシーで帰るより、キャンペーンの小型車を1日¥7000近く払ってレンタルした方が絶対にお得!
そんなお客さんがひっきりなしに訪れた。

当然ながら、その中にはお酒の入った方々もいらっしゃる。
あたりまえだが、そういうお客さんには、トラブルを避けるため、丁寧にお話して“法に触れるのですみません”と平謝りして帰って貰う。

そんなお客に何度も出会ったが、一度だけ、怖い思いをしたことがあった。

それは、いわゆる酒に酔ったヤ○○さん(それも飲み屋の姉ちゃん連れ)への対応だ。
いつものように、お酒の臭いがプンプンするので、丁寧に説明申し上げ、予約で一杯なので貸せることのできる車がありませんとお断り。














しかし、酒も入り姉ちゃんも連れているヤ○○さんは、メンツもあるので、簡単に引き下がらない。

「なんやこら!そこにあるのは車とちがうんか。」
「お前もしかすると俺のことバカにしよるな」と脅しから始まり。
カウンターを蹴ったり、身を乗り出してカウンター越しに殴りかかってこようとする始末。





それでも「規則ですから…」とご丁寧にお断り申し上げていると…。

最後に持ち出したのが短刀!
それをカウンターの上にドカン!置き、「お前やられたいんか!」と恫喝!!!


そんな騒がしいやり取りに仮眠していたパートナーが気づいてくれて、密かに警察に電話していてくれていたようで、その恫喝の直後、店の前に覆面パトカー到着!
その瞬間、さっきまでかなり威勢の良かったヤ○○さん、急にシュンとなり、店に入ってきた、いわゆる「マル暴担当刑事さん」に平身低頭…。


そこで交わされた会話というと…
「先輩、ひさしぶりです。お元気ですか。」
「何でもないですよ。あの若造がちょっと話分からないもんですから、丁寧に説明していただけです。」
「すぐに帰りますから…」

入ってきた“先輩”と呼ばれるその警察官を見て、私も絶句!!!

さっきまで私を恫喝していたヤ○○さんより、パンチパーマではるかに人相の悪い方登場!どっちが、どっちか分からない。

あとから、そのもの凄く人相の悪いマル暴担当刑事に話を聞くと、二人は大学の先輩後輩らしい。

それもすごく笑えたが、“先輩”の“後輩”への思いやりの優しさ。


「兄ちゃん、今回は、署に連れて帰ってきちんと説教しとくから、許してくんねぇかな。あいつは、悪い奴じゃなくて、根は良い奴なんだ。テキ屋で稼いでいるんだけど、最近、景気が悪くてしのぎがあがらないらしくてよ。それで苛ついてんだ。今回は、ケガもモノも壊しちゃいないので、穏便に済ませてくれよ。」


このマル暴さんに、ただらなぬ殺気を感じた私は、二つ返事でその話にOKを出した。
10年前もそうだったんだから、いまのヤ○○さんは、もっと苦しい状況に置かれているんだろうなー。

「暴力団対策法」なる新法も成立し、取り締まりが厳しくなっていることだし…。

そんな方々のリアルな実態が分かる本、それが今回、紹介する新潮社から発売の溝口敦著『暴力団』。
発売後わずか2週間あまりで10万部を突破したベストセラー。

著者の溝口敦さんは、1942(昭和17)年東京・浅草生まれ。川崎市高津区で育ち、1965年早大政経学部卒。
ノンフィクション作家、ジャーナリスト。
主として日本社会の暗部である暴力団や新宗教に焦点をしぼってジャーナリスト活動を続 けている。
山口組など組織暴力団や裏社会をテーマにする著作は、彼の中で大きな位置を占め、「血と抗争 山口組三代目」「山口組四代目 荒らぶる獅子」「ドキュ メント 五代目山口組」など一連の山口組物のほか、「中国『黒社会』の掟 チャイナマフィア」「パチンコ30兆円の闇」「仕事師たちの平成裏起業」など関 連著作は多数に上っている。
「山口組ウォッチャーの第一人者」とされるが、内部情報に基づき、歯に衣着せず真実を書くため、過去3回、組織暴力団関係者から言論妨害の威嚇や襲撃を受けた。

本書は、これまでの溝口さんの地道で緻密な調査をもとに書かれているが、専門用語ばかりの難しさはなく、暴力団に関して全く何も情報のない方にも非常にわかりやすく書かれている。




リアルで非常にわかりやすい内容で、章の構成は次の通り…。
第1章 暴力団とはなにか?
第2章 どのように稼いでいるか?
第3章 人間関係はどうなっているか?
第4章 海外のマフィアとどっちが怖いか?
第5章 警察とのつながりとは?
第6章 代替勢力「半グレ集団」とは?
第7章 出会ったらどうしたらよいか?
いろいろな具体例を通して、現在、暴力団に所属する方々がどのような生活を送られているのかなどが詳しく分かる。
特に、暴対法施行移行は、若い組員たちもかなりつらい立場に置かれているようだ。
その様子は、本書では次のように書かれていた。

「兵庫県下の繁華街で、山口組系の組員二人が客引きの若い男たち五人に囲まれ、ぼこぼこにやられたことがあります。組員二人は組事務所に取って返し、包丁や金属バット、ヌンチャクなどを持って客引きに復讐しようと飛び出そうとしたところ、組の上層部に引き留められたそうです。
『絶対やるな。殴られたら殴られ放しで帰ってこい。それで正解だ。仕返ししても、もし親分が謹慎など、上から処分を受けてもいいのか』
 組員二人は歯がみをして悔しがり、『仕返しできんようなヤクザなら、ヤクザやってる価値なんかあらへん』と親分にもらった盃を叩き割って、組を出てしまったそうです。
 本来、暴力団は喧嘩に負けたり、堅気の者に舐められたりしたら、シノギができないはずですが、今はとにかく組員に事件を起こさせないように上の者は必死なのです。」
(p82~83)
私たちが持っている暴力団の構成員の人達のイメージとは違い、実際には、暴力団の方々が現在どのような立場に置かれているのかが具体的に良く分かる事例である。

また、こんなおもしろいエピソードも紹介されている。
 「確かに刺青では針の使い回しで、C型肝炎が組員に蔓延するようになったことがあります。組員の多くは肝臓病でなければ、糖尿病を患うケースが少なくありません。」
 だから針は使い捨てるようになりましたが、それでも肝炎に感染します。調べてみると、針は使い捨てでも、色のインクは一人一人別ではなく、相変わらず使い回しなのです。インクから針にウイルスが感染して刺青する人の体内に入ります。そのため、組員にはまだまだC型肝炎が多いのだそうです。
 あまりの感染者数の多さに、山口組系の主流派である弘道会(名古屋)では、直系の全員に対して組の費用で三ヶ月間、集中的にインターフェロンを投与し、全員の肝臓病を治したと言われています。」
(p85~86)

さらには、暴対法施行後に警察と暴力団の蜜月の関係も大きく変化してきている様子。
「ですから、捜査員の中にも暴力団対策法は失敗だったという声があります。
たとえば山口組のお膝元、兵庫県警の捜査員関係者が言います。
『捜査のカナメは情報取りに掛かっている。一にも二にも暴力団情報をどう取るかということです。暴力団対策法以降、暴力団情報が取れなくなった。だいたい組の事務所に刑事を入れない。一緒に茶も酒も飲みたがらない。…特に山口組は徹底的に警察への情報を遮断しています。
だいたい日本では蛇の道はヘビってわけで、悪いことをしている人間が悪い人間を知っている。それを生かすためにヤクザの親分に十手、取り縄を許したわけだ。そういう日本の伝統を暴力団対策法が壊したんです。』
最近、警察の捜査能力は衰えたといいますが、…警察は暴力団に暴力団情報ばかりか、裏社会情報全体を仰いでいたのではないでしょうか。」
(p134~135)

蜜月の関係については、例えば次の事例に現れている。
「ほんの少し前まで、警察は暴力団と取引をしていました。たとえば拳銃摘発月間に入ると、かねて目をつけていた暴力団幹部にこう持ち掛けます。
 『シャブ(覚醒剤の意味)商売でだいぶ儲けたいう話やないか』
 と、まず牽制球を投げます。お前が覚醒剤に触っていることは掴んでいるぞ、という脅しです。その上で、『覚醒剤はこの際、目ェつぶったってる。そのかわり拳銃出せや。首なしでええから』などとやります。
『首なし』拳銃とは誰が持っていたか、所有者が分からないが、とにかく拳銃が押収されたという拳銃のことです。警察との取引を承知した組員は駅のロッカーや公衆トイレなど紙袋に入れた拳銃を置き、取引相手の警官に『今、置いたから』と電話を入れます。…
…拳銃を何丁押収したという数字は残り、無事に拳銃摘発月間をクリアできます。…組員にとっては警察に押収させるため、拳銃を買うことが覚醒剤商売の必要経費になったわけです。」
(p135~136)

こうした溝口氏の長年にわたる取材活動から導かれる暴力団のリアルな実態の記録。
全く知識のなかった私でも楽しく非常にスラスラ読むことができました。
これは、ちょっと時間の空いたときに、パッと読むのにおすすめの本です!

「評価 ★★★★★ ★★★☆☆ 80点」


☆追記☆
「溝口 敦の仕事」というHPすごくたのしい読み物が満載です。
どうぞ一度、覗いてみてください。→こちら「溝口 敦の仕事
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