(読書の記録)生殖医療はヒトを幸せにするのか

2014年04月05日

小林亜津子著「生殖医療はヒトを幸せにするのか~生命倫理から考える~」を読了。



現在、生殖医療の発達には目覚ましいものがあるが、それは一方で不妊に悩む多くの人々に希望を与えているが、他方で今までになかった新たな問題を生み出している。

技術そのものはあくまでも中立的で、それを人類の幸福に役立てられるか、それとも社会に混乱を引き起こすかは、それを使う人間の「選択」にかかっているとも言われますが、「願望」「欲求」が実現できる技術の存在自体が、その状況に置かれた人びとに希望を与えたり、プレッシャーを負わせたりすることはままあります。(p208)


現在、日本では、7組に1組が不妊に悩んでいる現状があるようだ。
そのような現状に対して、昨今の“生殖補助医療(ART)の発達”は凄まじく、2010年にはその年に産まれた赤ちゃんの37人に1人が「試験管ベビー」ということで、不妊治療としての体外受精の割合がかなりの数に上っている。

加えて、近年、“卵子の老化”が大きくマスコミなどで取り上げられることで、若いうちから自らの卵子を凍結保存(=婚前卵活)するシングル女性も増加しているようだ。

さらには、2013年に始まった“新型着床前診断”は、基本的に、高齢出産に伴うリスクの回避が目的であるのだが、受精卵の染色体異常を調べて、健康に育ちうる胚だけを選ぶことが可能になったということで、これは見方・とり方を変えると、異常のない健康な“理想通りの赤ちゃん=デザイナーベビー”を意図的に作り出すことが可能になったということでもある。
このことはまた、同時に障碍をもつ方々への差別と排除を生み出しかねない。

こうしてみていくと、不妊の補助的な医療として始まった生殖医療=ARTは、多くの悩める人に希望を与えている反面、その技術が飛躍することで、生命操作まで可能にしている。
そして、それが今までなかった不自然な欲望を掻き立てると同時に、新たな苦悩を生み出すことにもなっている。

診断技術が発達するにつれて見つかる“異常”は増え、医療技術が進歩するにつれて治療すべき“疾患”の範囲も拡大します。
元来は自然な現象である“不妊”も、いつのまにか治療できる“疾患”とみなされるように。技術の進化は私たちに希望を与える一方で、子どもができないことを諦めることや、子どもを持たないと選択することを難しくしているのです。


とくに「生殖」の問題は「夫婦(カップル)」には子どもがいて当たり前」「親になって一人前」などといった伝統的な家族観や社会的通念と密接に関係しており、当事者たちがいやおうなしに「技術へのプレッシャー」にさらされるという状況にあります。
あるいは、こうした「子どもがいて当たり前」という社会通念を、カップル自身が知らぬ間に内面化し、自覚のないまま「子どもがほしい」「子どもをつくらねば」という願望に駆り立てられていることもあるでしょう。(p208~209)


出生前診断の進展もまた、「元気な子どもがほしい」というごく当たり前の親心から、技術があるのだから「健康な子どもを生まなくては」という無言の圧力へと変わっていく可能性をもっています。(p209)



(内容紹介)
◎男女産み分けは親の身勝手?
◎死んだ夫の精子はいつまで使える?
◎凍結卵子は女性にとっての「お守り」?
◎遺伝子検査で受精卵を「選ぶ」時代はくる?
(目次)
序章 倫理の追いつかない生殖技術
第一章 生物学的時間を止める ――卵子凍結で、ライフプランを意のままに?
第二章 王子様は、もう待たない? ――精子バンクと選択的シングルマザー
第三章 自分の「半分」を知りたい! ――生殖ビジネスで生まれた子どもたち
第四章 遺伝子を選べる時代は幸せか? ――遺伝子解析技術と着床前診断
第五章 生みの親か、遺伝上の親か? ――体外受精と代理母出産
第六章 「ママたち」と精子ドナー ――多様な夫婦と新しい「家族」
コラム1. 「不妊カップル」って誰のこと?
コラム2. 死後生殖
コラム3. 5人の親がいる子ども



本書では、さまざまな事例や映画作品を例に出すなど、非常にわかりやすく具体的である。

たとえば、上記の卵子を凍結保存(=婚前卵活)する技術の誕生は、卵子の老化におびえる30~40代女性にとっては、福音となる。
これにより、30代で十分にキャリアを築くまで、出産を先延ばしにするといったライフプランが可能になることで、女性の人生デザインはより自由なものになる。

また、凍結した精子を使った“セルフ受精”は、“結婚抜き”で子どもを持つこと(選択的シングルマザー)を可能にする。
理想の男性との出会いを待つよりも、みずから精子バンクに行き、血液型、身長・体重、目や髪の色、学業成績、運動神経などがカタログ化されたドナー情報をもとに冷凍精子を選ぶ時代が日本にやってくるのも、そう遠い話ではないのかもしれない。

そのことで、結婚という制度に縛られない“主体的・選択的シングルマザー”が多く誕生することで、女性の生き方の選択の自由が拡大することになる。

しかしながら、この技術は生の選択を市場に任せるという問題もはらんでいる。
ドナーから卵子や精子の提供を受け、代理出産による出産が行われているアメリカでは、“いのちのマーケット化”が進んでいる。
ホームページをクリックすると、提供者の顔写真がズラリと並んでいて、身長、体重、健康状態、髪や目の色などの項目が並ぶ。
さらに知能や容姿も選択できる。
卵子の場合、約60万円が相場のようだが、有名大学を卒業している、特別な資格を持っている場合には付加価値がつき、値段が2倍以上に高くなるそうだ。

アメリカで最も有名な精子バンクのHP

こうしたマーケット化の問題に関連して、代理懐妊・出産の分野でも新たな問題が発生する可能性がある。
たとえば、もうすでに起こりつつあることであるが、市場化の進展で、高額な費用を負担できる層の欲求への対応を商品化し、そこからより多くの利益を狙う者たちにより、代理懐妊・出産が経済的弱者や第三世界の女性が請け負わざるを得ない状況に追い込まれる可能性が大きい。生殖医療の発展、拡大に伴い、経済的弱者である開発途上国の女性が搾取されるかもしれないという危機を孕んでいる。

凍結精子による人工授精技術の進歩は、死後生殖も可能にしている。
日本産科婦人科学会では事実上認められていないが、世界的には、オランダ、カナダ、スペインなどでは、夫の死後12か月以内で生前同意があれば、凍結保存した精子を使って残された妻が亡き夫の子どもを生む死後生殖が条件付きで認められている。

日本では、2001年、四国に住む40代の女性が亡くなった夫の冷凍精子で出産した事例があるようだが、誕生時にすでに父親の死後300日を経過していたため、法的に子どもと父親の父子関係が認められなかったようである。
間違いなく遺伝的つながりのある親子なのに、親子と見なされなかった。

”遺伝子解析技術”で受精卵の性染色体を調べることによりほぼ確実に男女を産み分けることもできる。

アメリカやタイでは男女産み分けがさかんに行われており、日本でも150万円(渡航費含む)という費用にもかかわらず少なくとも90組の日本人夫婦がタイで産み分けを行っていることが2012年に判明している。

これらの事例を見ていくと、生殖医療の発展が人間を幸せにしている反面、新たな倫理的問題を生み出していることがよくわかる。

私たちは、当事者であろうとなかろうと、これらの事例をもとにしながら、具体的に技術と価値観のあいだに生じる多くの倫理的難問に真摯に向き合い、具体的な場面において、倫理的な判断を下せるような力を持たなければならない。

技術が進歩しても、人の心や教養がそれについていけないと感じる。
医療の進歩がいいのか悪いのか。
個人として判断できるだけの知識を、これからはもつ必要があると思う。


出生前診断を受けた東尾理子さんが、2011年10月17日、朝日新聞のインタビューに答えたコメントである。



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Posted by no-bu at 19:51│Comments(0)読書
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